トレーダーと国民性
FXの正式名称は「外国為替証拠金取引」。
ここでポイントになるのが「外国」という言葉で、外国為替市場にはさまざまな国の実需や投機筋が参加しています。
となると、気になるのがトレーダーの国民性です。これまで海外投機筋と日本人トレーダーに向き合ってきた水上氏に、そんなお話をうかがってみました。
まずは海外投機筋についてのおさらいから
編集部:今回は「FXと国民性」をテーマにお話をうかがいたいのですが、以前、水上さんには海外投機筋について解説してもらったことがあります。
まずはそのおさらいとして、シンガポール・ロンドン・ニューヨークのトレーダーの国民性について解説をお願いします。

水上:まずシンガポールについて。実はシンガポール市場には中国人が多く、中でも「客家(はっか)」と呼ばれる人たちが多くいます。
彼らは…というか中国人全般にいえることですがギャンブル好きなところがあります。俗に「千三つ(せんみっつ)」という、「1000回のうち3回でも大勝ちすればそれでいい」という考え方で、ギャンブルのようなトレードをしてくることがありますね。
あとは、カッとなりやすい(熱くなりやすい)ところがあります。
編集部:カッとなりやすいことを、英語で「ホットテンパー」と言うことについても以前解説していただきましたね。ロンドンについてはどうでしょうか?

水上:ロンドンは往生際が悪く・執念深く・しつこい傾向がありますね。もともと為替の世界では一番歴史が古いので、そのプライドがあるんですね。
ロンドンは常時140通貨ペアくらいは提示しており、ドル円はその中の一つでしかないというのもあって、「それだけ厚みを持って取引をしている」というプライドもあるんだと思います。
編集部:ロンドンがプライド高いというのは、なんとなくイメージ的にもわかりやすいような気がします。
ニューヨークについてはどうでしょうか?なんとなく、国民性としてはドライでビジネスライクなイメージを持っているんですが…

水上:確かに、ニューヨークは儲けてなんぼの世界で、儲けなければ簡単にクビになるという非常に不安定なところがありますね。
ただ本人たちにしてみればそういうのがごく当たり前の世界なので、いちいち驚いてはいないんですね。また新しいところでやり始めるだけなので。
トレードとしては、アメリカンドリームの文化がありますから、一攫千金を狙っているところがあります。ある意味、うまく儲けられたらいいやという「ダメ元」的なところが強いと思います。
逆にいうと、失敗に対してもドライで「ダメだったらどうにかなるさ」という感じで。アメリカ人というのは基本的に陽気ですね。
ぜひ覚えておきたい「季節要因」
編集部:日本と海外の文化の違いはいろいろありますが、その一つが「休暇」に対する意識だと思うんです。
日本人は夏休みやクリスマスなどを、そこまで一大イベントとして捉えていない人も多いと思います。しかし海外は違って、この時期にはしっかり休むんですよね?

水上:そうですね。そして、しっかり休むためにはリスクを抱えたままではいたくないから、休みに入る前にしっかりと手仕舞いをします。
編集部:それは、実際に相場の値動きにも現れるのでしょうか?

水上:季節要因で相場が動くことはよくあります。実際にチャートを見ながら説明していきましょう。
まずは、2023年5月から9月のチャートです。
7月の最初に、私が「ホライゾン」と呼んでいる「短線が横に並んだ状態」がありますよね(赤い丸の部分)。そこからドカドカッと7円くらい落ちたのですが、過ぎてしまえば結局は元に戻ったというケースです。
7月の下落時に何が起きていたのかというと、CTAがこのときにポジション調整をしたんですね。
CTAとは?
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「Commodity Trading Advisor」の略。顧客から預かった資産を幅広い金融商品に投資して運用している
ホライゾンから急落したタイミングは7月7日で、このときにアメリカの雇用統計が発表されたんです。この雇用統計をきっかけに「夏休み前のポジションの手仕舞い」に入ったわけです。
でも結局、マーケットが落ち着いてしまえばまるまる戻ってしまった。結局相場というのは大きく売れば戻ってしまうという典型例でもあります。
編集部:ポジションを持ったままだと、サマーバケーションを満喫できませんもんね。精神的に「何も心配がない状態にしておきたい」という気持ちはわかりますね。

水上:次にお見せしたいのは、2024年5月から10月のチャートです。
このときは7月11日にアメリカのCPIの発表があって、その30分後に政府・日銀の介入があったんですね(矢印の部分)
そして落ち始めたときにCTAが夏休み前の利食い(ポジションの手仕舞い)をやったと。
編集部:僕もこのときはよく覚えています。7月はずいぶんと落ちましたよね。

水上:落ちていく最中に本邦投資家層が買い下がりをしてしまったためにさらに大きく落ちることになってしまいましたね。
買い下がりとは?
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相場が下落している途中で「もうそろそろ底だろう」と値ごろ感から買う人が増え、ポジションが偏って逆にズルズルと下がり続けてしまうこと
ただその後のチャートを見てみると、8月については横ばいになっています。
ということは、7月の段階でCTAがポジションを落としてしまったら、そのあとはフローがなくなって、投機筋だけが売ったり買ったりしているだけになったということ。
8月というのは、手仕舞いが終わってしまって横ばいになりやすい傾向がありますね。
編集部:夏休み前の手仕舞いと、その後の相場の傾向もセットで覚えておくといいですね。

水上:次は2005年9月から2006年1月というかなり以前のケースですが、12月(クリスマス休暇前)のポジション調整にありがちな典型例です。
2005年9月から、いわゆる「円キャリートレード(スワップポイント狙いの長期トレード)」を日本の個人投資家がかなり活発にやったんですよ。それでご覧の通り長期的に右肩上がりに上昇を続けたんですね(赤い矢印)
このとき、個人がFXに参入する以前からトレードをしていた玄人は「この相場はどこかで必ず調整が入るはず」と見て売ってきたのですが、ぜんぜん下がりませんでした。
個人がどんどん買っていって、そのまま12月まで上げ続けたんですね。そのため「素人が玄人に勝った初めての年」などと言われています。
しかし日本の個人投資家は「利食いが大事」ということがわかっていなかったために、「これからも上がり続けるはず」とポジションを持ち続けて、結果的に利益を失ってしまったり、傷口を広げてしまったりしました。
編集部:利益確定の重要性を教えてくれるチャートでもありますね…

水上:このとき何が起きていたのかというと、実は9月の段階でCTAが思いきり買っていたんですよ。
CTAが買ったところに日本の個人も乗っかっていたという状態だったのですが、12月になり、CTAがクリスマス休暇の前にポジションを落としてきたんです(青い矢印)
編集部:それまでの上昇トレンドがぶっつりと途切れるように下落していますね。

水上:大きく下落し始めたのは12月14日だったので、まさにクリスマス休暇前のポジション調整ですね。そういう意味では、少し古い例ですが2005年9月から2006年1月というのは絵に描いたようなチャートです。
編集部:「欧米人にとってのクリスマス休暇の意味」を理解していたら予測できたかもしれないと思うと、悔やまれますね…

水上:最後に紹介するチャートは、2023年9月から2024年1月。
このときは11月の感謝祭の後にCTAの手仕舞いが出て大幅に落として、20円くらい落としているんですけど、1月に底をつけてまたCTAが買いだしたというような相場です。
編集部:このときは11月から手仕舞いが出たわけですね。

水上:ここまで4つの例を見てきましたが、季節要因による影響が相場にもろに出てきているのがおわかりになると思います。
具体的に言えば、夏休み前の7月と、クリスマス休暇前の12月あるいは11月くらいには手仕舞いが起きる可能性があるということです。
編集部:もちろん相場に「絶対」はありませんが、「休暇前にポジションを整理したい」という人間の感情が相場を動かす可能性は大いにありそうですね。

日本人の国民性はトレード向きなのか?
編集部:「トレーダーと国民性」というテーマはなかなかおもしろいと思うのですが、日本人の国民性としてはどうなのでしょうか?トレードに向いていると思いますか?

水上:向いている部分としては、非常に緻密というか、計画性があるところは向いていると思いますね。あるいは学習すること・観察することは非常に得意だと思います。
これらが得意なのは農耕民族だと思うのですが、農耕民族的な色彩が非常に強いのが日本人トレーダーだと思いますね。
じゃあ向いていない部分はどこかというと、斬新さとか独創性です。これは不得手なんですね。
例えばニューヨークにいたときにシティバンクのチーフディーラーと話したことがあるのですが、話を聞いていると驚愕してしまいました。なぜかというと、超長期のポジションを張って閉じてないんですよ。
「理論上それが逆に行くことはあり得ない」という発想でポジションを張って、それを会社としても利益として見なしてくれたということで、ちょっとこれは日本の会社ではありえないなと思ったことがありました。
あとは例えばチャートですね。日本人はものすごい緻密にラインを書こうとしたりすると思うんですが、シンガポールの投資会社に行ったときに見せられたチャートというのは、途中まで印字されたものに対して、そこからラフに書いただけのものでした。
それを見て「これから相場は上がるよね」といった話をしているんですよ。それは日本人の緻密さからすると信じられないところがあるんですよね。
そういう、自分たちにないところだけに、自分たちも取り入れてもいいのではと思ったことがありましたね。
編集部:かつて水上さんが書いたコラムに、「トレードは狩猟に似ている」といった内容があったと思います。
もし狩猟だとしたら、農耕民族の日本人としてはちょっと注意しなくてはならないかもしれませんね。

水上:トレーダーというのは基本的にライオンだと思ってるんですよ。
ライオンというのは、普段は実に暇そうにしていますよね。獲物が現れるまでは体力を温存して英気を養っていて、ここぞというときにとびかかることができるのがライオンのすごいところなんです。
トレーダーもそうで、四六時中どれもこれもやるというのではなくて、ここ一番のときに力を発揮することがすごく大事だと思っています。そういう面で、ライオンになることがすごく大事だと思います。
農耕民族のやりがちな発想としては「月間の収益の積み上げ」というのを考えがちなんですね。
例えば一か月の儲けが10だとしたら、それを営業日数の20日で割って「1日あたりこれだけ儲けていけばいいんだ」と考えるのは実に農耕民族らしい考え方なんですけども、相場の世界というのは同じ状況が毎日続くということはあり得ません。
農耕民族的な発想というのは非常に危険だと思いますね。
編集部:1日の利益を「目標」とか「ノルマ」みたいなものだと考えてしまうと、チャンスがないのにトレードをしたり、「負けを取り戻さなければ」とリベンジトレードをしたりしてしまいますからね。
日本人トレーダーは「ライオンであれ」というのを常に意識し続けていた方がいいかもしれませんね。
今回も興味深い話をいろいろとありがとうございました!

今回のまとめ
- 海外投機筋にはそれぞれ国民性の違いがある
- 海外投機筋は、休暇前にポジションを手仕舞いすることがある
- トレーダーたるもの、ライオンであれ
この記事の執筆者
エフプロ編集長
齋藤直人
SAITO NAOTO
略歴
紙媒体で約20年の編集経験を積み、趣味系雑誌4誌の編集長を歴任。雑誌の特集記事だけでなく、企業とのタイアップ企画、地域活性化事業への参画など、コンテンツ制作力を活かして幅広いフィールドで活躍。国会議員、企業の重役、スポーツ選手、芸能人などジャンルを問わず幅広いインタビュー経験を持つ。現在は株式会社キュービックのエディターとして、エフプロを中心に記事クオリティ向上に尽力中。
